■嫌なヤツ?
音楽というものは不思議で、頭で考えていることとは全く違うことが起きたりします。
もう10年以上も前、ボストンでリサイタルをした時のことでした。まだ私はボストン大学大学院を修了する直前で、経験も浅かったと思います。ヴィラ=ロボスのブラジル風バッハもプロ
グラムに入れることになり、当時の先生(当時ボストン交響楽団首席奏者ドワイヤー女史)からバスーン奏者を紹介されました。この作品はフルートとバスーンのために書かれた名曲で私も大好きなものです。ところが紹介された人物に電話をすると「なんでこの俺様が学生上がりと一緒に演奏しなければならないのだ!」といきなり電話口で怒鳴られたのです。
彼は年も上で、フリーではありますがその頃ボストン交響楽団の常トラ(余分な演奏家が必要なときまず最初にオーケストラが声をかける人)をしていて、ボストン界隈でも名の知れた人でした。私はアメリカに行ってまだ2年と経っていないときでしたので、いきなりのパンチにショックで最初言葉にもならなかったのです。が、「一度お会いしてセッションをしたい。もし私の演奏が気に入らなければもちろん断って構わないけれど、聴かずには断らないでほしい。」とようやく何とか声に出した次第です。
正直私の中では「嫌なヤツ」という感情が沸々と湧き、オーディションを受けるような緊張感で会いました。ところがいざ音楽という音の空間に身を任せると、すぐにコミュニケーション
がとれ不思議なことに安心感さえ得られました。その後すぐに「一緒にやろう」ということになったのです。
私はいかに自分が目前の出来事と理性とに縛られていたかを、その時知りました。自分にとって「いい音楽仲間」とは何なのか、とりあえず今言えることは「いい人」とは限らないということでしょう。